佐藤亜紀『小説のタクティクス』

様式の問題 二〇〇六年に刊行された『小説のストラテジー』は小説の目的、「記述の動きによって読み手の応答を引き出すこと」を達成するために、小説を「どう組織化しある形態を与えるのか、どうすればより大きく快を引き起こすことが出来るのか」という戦略…

佐藤亜紀『醜聞の作法』文庫版

『醜聞の作法』の文庫版が出ましたので早速入手しました。解説は渡邊利道さんです。醜聞の作法 (講談社文庫)作者: 佐藤亜紀出版社/メーカー: 講談社発売日: 2013/12/13メディア: 文庫この商品を含むブログ (4件) を見る渡邊利道さんの解説は時代背景から作品…

『焼殺死』が届く

ゴールデンウィーク前だったと思うけど、講談社からゆうメールが届いていた。 応募総数1247人だそうです。 http://www.sirius.kodansha.co.jp/fair_namie.html天龍源一郎なら七勝八敗だが、同じ負け越し一つでも、一勝二敗だとプロ野球なら100敗ペースである…

バラージュ・ベーラ他『青ひげ公の城 ハンガリー短編集』

二十世紀初めのハンガリー作家の短編集。表題作の『青ひげ公の城』が目当てだったが、収録作が粒ぞろいだったので逐一紹介してみることに。 ヨーカイ・モール『蛙』 ヨーカイ・モールはハンガリー独立運動にも参加した、十九世紀後半のハンガリーを代表する…

アベ・プレヴォ『マノン・レスコー』

『金の仔牛』と時代背景が重なるということで再読。 初めて読んだ時は、岩波文庫の表紙の作品紹介でマノンはカナダに追放されるとあり、そこは本文ではヌーヴェ・ロルレアン(どこ?)と表記されているので、ほうかほうかカナダか、あそこは元はフランス領だ…

佐藤亜紀『メッテルニヒ氏の仕事』第五部

カールスバート決議からトロッパウ、ライバッハ、さらにヴェローナに至る一連の会議は、メッテルニヒの絶頂期であったと一般にはいわれる。この時期のメッテルニヒが会議を牛耳る様は、ヨーロッパの宰相と呼ぶに相応しい。 ウィーン会議後に現れたヨーロッパ…

佐藤亜紀『メッテルニヒ氏の仕事』第四部

いよいよウィーン会議である。 ウィーンにはパリ条約締結八箇国はもとより、無数の関係者が集まった。 人口二十五万人の都市に、九月だけで一万六千人が到着しつつある。ホーフブルクには賓客として皇帝一人、皇后一人、国王四人、女王一人、皇位継承者二人…

佐藤亜紀『メッテルニヒ氏の仕事』第三部

メッテルニヒには有名な回想録がある。 この回想録という形式はヨーロッパ文化圏ではやや特殊な位置にあり、伝記(日本でいう歴史物のビジネス書にあたるそうな)に飽き足らないビジネスパーソンが、歴史的な業績を残した当事者が語る声に触れ、人生や仕事の…

佐藤亜紀『金の仔牛』最終回

第三回目の前回で大体半分を過ぎたくらいかな、と見当をつけていたら今回でいよいよ最終回。 前回の終わりで、ニコルはカトルメールに、250株を、相場が100下がる度に買いと売りを同時にやることを指示される。すると250株はそのままに、現金が残る。今回も…

佐藤亜紀『金の仔牛』第三回

――ひとつ、訊いていい? ――何だね。 ――それが何かあなたの役に立つの。 ――勿論だとも。 ――どんな。 ――ああいう奴の首には縄を付けておかないと引き回せないからな。 ニコルは、何だそうか、と言わんばかりに頷く。――だったら安心。 ――どうして。 ――あなたを…

佐藤亜紀『金の仔牛』第二回

『メッテルニヒ氏の仕事』には、第一部冒頭で、「これから私が語ろうという人物である」と、「私」という語り手が想定されていることがわかる。この語り手はヨーロッパ半島を俯瞰してみせるパースペクティヴを提示し、状況についての最低限の解説や論評を加…

佐藤亜紀『メッテルニヒ氏の仕事』第二部

今回は前回からの続きとなる第四章の「タレイランの学校」がタレイランの失脚で終わるのを皮切りに、1809年のアスペルン及びワグラムの戦いから1813年のドレスデン、ライプツィヒの戦いの直前まで、つまりナポレオンの帝国が絶頂期から凋落の一途を辿る過程…

佐藤亜紀『金の仔牛』新連載

『メッテルニヒ氏の仕事』の連載だけで喜んでいたら、まさか平行して連載される作品が他にも出るとは思わなかった。かつてこんなことがあっただろうか。ちょっと記憶にない。至福。 『メッテルニヒ氏の仕事』と同じく、歴史を題材にし、地理も時代も近接して…

コンラード・ジェルジュ『ケースワーカー』

昨年末、ケースワーカーについて調べていたらこのタイトルのお陰で知ることが出来た。 知っているひとからすればかなりの知名度のある作家、らしいのだが、現在の時点で邦訳されているのは本書のみでそれも絶版(ではなかったようです。入手困難なだけみたい…

「事実」はいかに書かれるべきか

ケースワーカーと呼ばれる人々 ニッポン貧困最前線 (文春文庫)作者: 久田恵出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 1999/03/10メディア: 文庫購入: 4人 クリック: 113回この商品を含むブログ (17件) を見るケースワーカーという、戦後の生活保護行政の現場を支え…

佐藤亜紀『メッテルニヒ氏の仕事』第一部

――メッテルニヒは始終嘘を吐くが、滅多に人を騙さない。私は滅多に嘘は吐かないが、人は騙す。 佐藤亜紀『陽気な黙示録』ちくま文庫版P305 繊細極まりない語り口の亡命貴族が語り手の『荒地』を雑誌掲載時に読み終わった時、ああ、こういう理性的で常に正気…

笙野頼子『幽界森娘異聞』

森娘。森ガールのことではない。 森茉莉の書き残した小説エッセイ書簡を元に、森娘というひとりの人物を描き出す。 偉い偉い明治の文豪を父に持つ森娘だが、森茉莉のことではない。森娘が森茉莉そのものではないことは、作中で繰り返し語り手が主張すること…

キップ・ハンラハン『Vertical's Currency』

『COUP DE TETE』、『Desire Develops an Edge』に続くキップ・ハンラハンのソロ名義作品の第三弾。 このアルバムを制作するに先立って、キップ・ハンラハンは「ソウル・バラードをたっぷりぶち込んで俺たちなりの“スモーキー・ロビンソン”風アルバムにして…

笙野頼子『だいにっほん、ろりりべしんでけ録』

その時、作者は、とここまでで二回書いた。第一部と第二部の終わりでである。 というエピグラフ風の書き出しから、三部作の最終巻は幕を開ける。 その第一部と第二部の終わりにはこのように記されている。 その時笙野頼子は、じゃなくって作者は。 自分の言…

笙野頼子『だいにっほん、ろんちくおげれつ記』

前作の『だいにっほん、おんたこめいわく史』で首つり自殺した埴輪木綿助の死霊は、妹を探し求めていた。その妹であるいぶきは、職員として面接を受けに行った火星人遊郭でなんらかの形で殺されており、兄と同じく死者として蘇っている。まことにおんたこの…

笙野頼子『だいにっほん、おんたこめいわく史』

「だいにっほん」三部作と称される作品の第一作。 「おんたこ」という、明治に始まる近代の精神が、新自由主義を信奉する左翼とオタクの手によって徹底的に押し進められ席巻している近未来の日本が舞台である。 「おんたこ」とは、例えばこのように説明され…

笙野頼子『硝子生命論』

『硝子生命論』は、『水晶内制度』の前作に位置すると看做されている。『水晶内制度』の中で『硝子生命論』を思わせる小説についての言及があり、建国者に大きな影響を与えた聖典として語られるからだ。『硝子生命論』で示される新国家のヴィジョンも、ウラ…

佐藤亜紀『醜聞の作法』

すぐには読まない。 まずは、ぱらぱら捲る。 第一信から第十八信まである。 おお、これは書簡形式であるな。『危険な関係』あたりのパロディかな。 覚え書き、とはなんであろうか。これが第四まである。 そして冒頭から邪悪な語り口。警戒して正解であった。…

アラン・ロブ=グリエ『快楽の館』

近所の品揃えの悪い無個性な郊外型書店で『快楽の館』の文庫本を見掛けて腰を抜かした。その隣にはル・クレジオの『大洪水』が並んでいる。ヌーヴォー・ロマンなんて忘れ去られたもの、とされた頃に小説を熱心に読んでいた人間からすればこれは大事件である…

音楽で読む『なんとなく、クリスタル』

『なんとなく、クリスタル』はブランド小説と揶揄されたそうだが、実際は音楽タイトルのほうが遥かに多く、洋楽カタログ小説といったほうが事実に近い。 しかし、登場するファッションブランドの多くは今もなお残っているが(定着した、というべきか)、音楽…

なぜならかつては島田雅彦派だったから

映画『ノルウェイの森』の番宣でメアリー、メアリー、と陰鬱な調子の歌が流れてて、ビートルズにあんな曲あったっけ? と一瞬考え込んでしまった。あれは勿論、CANのMary, Mary So Contraryであり、てっきり『ノルウェイの森』=ビートルズ垂れ流しだと思っ…

田中康夫『なんとなく、クリスタル』

小説には、二種類ある。あらすじを要約するべきものと、そうでないものと。学生でモデルをやってる由利は同じく学生でミュージシャンをやっている彼と同棲中。その彼、淳一はコンサートツアー中で、由利は雨の降る中、ひとり部屋で退屈をかこっている。友人…

世界が破れる磁場

同じ力関係の者同士が対立しているのであれば「中立」というのはあり得るかもしれない。しかし圧倒的に力の強い側と圧倒的に弱い側とがあったときに、中立というのは強い側に協力していることになる……”と。水俣病に限らず、また医学に限らず、さまざまな局面…

笙野頼子『レストレス・ドリーム』

桃木跳蛇が悪夢の世界スプラッタシティで、ゾンビを相手に世界を破壊するために戦う。笙野頼子は94年の松浦理英子との対談(『おカルトお毒味定食』)で、本作を代表作として墓石に刻んで欲しいといっているが、確かに、これは現在に至る笙野頼子の創作の出…

ケーゲルとクレンペラー

年末の風物詩であるベートーヴェンの第九交響曲だが、わたしはどうもあの曲の歌詞が苦手なのだった。 なんというか、むさいエリートのおっさん同士が裸で酒を飲んで、酔った弾みで調子のいいことばかりをいってるように聞こえる。 おお友よ、このような音で…