音楽で読む『なんとなく、クリスタル』

『なんとなく、クリスタル』はブランド小説と揶揄されたそうだが、実際は音楽タイトルのほうが遥かに多く、洋楽カタログ小説といったほうが事実に近い。
しかし、登場するファッションブランドの多くは今もなお残っているが(定着した、というべきか)、音楽ははやり廃りが激しい上、個人的に1980年頃となるとジョン・ゾーンキップ・ハンラハンといった当時のニューヨークのアンダーグラウンドシーンか、ワールドミュージックくらいしかフォローしていないので(実にありふれた音楽の聴き方である)、同時期にアメリカのヒットチャートを賑わした類いの「洋楽」は恥ずかしながら殆どわからない。
その上、まだレコードの時代なので、後にCD化されても、アナログ時代と同じように出回るものでもなく、中古屋で安く手に入れるのも難しい。
かつてならそこで、さようなら、クリスタルたちとなったわけだが、今はYouTubeというものがある。AORといえばスティーリー・ダンマイケル・フランクスくらいしか知らなくても、おかげで一通り確認することが出来た。
そして驚きの事実。
結構良い曲が多い。
なんとなく聴いて耳に気持ちのいい音楽を集めてこれ、というなら結構センスがいいと思う。
音楽オタクはライナーを貪り読んでは無駄な知識を仕入れ、共演ミュージシャンから辿って意外な人脈に突き当たってはさらに人脈を広げ、収集地獄のドツボに嵌るというのに。果てはカンタベリーロックの系統図を作ったりするというのに。
ただ、田中康夫は註でバイオグラフィーでミュージシャンを評価していたりするので、気持ちのいい音を云々、というのは実態とはちょっと違うんではなかろうか。

Willie Nelson - Moonlight in Vermont

冒頭の第一曲目。なんとこの小説はウィリー・ネルソンから幕を開ける。
由利が起き抜けにつけたFENから流れる。

On e On - Stephen Bishop

続いてFENから流れるのはスティーヴン・ビショップ
メロウな曲が続くので、由利は朝から調子が出ないと思っている。

Kenny Loggins Wait a Little While

そこで由利は「ハップ」になれる曲として、ケニー・ロギンズを挙げる。
これ、悪くないけど朝からかかってたらどうかなあ。

Paul Davis - I go crazy

由利はこの曲に合わせてアイ・ゴー・メランコリー、アイ・ゴー・グルーミーと思う。
ここで、この小説は音楽のタイトルや歌詞でその時の登場人物の心理描写、もとい説明をしようという仕掛けが明かされている。あまりに直球過ぎて上手く機能しているとはいい難いが。

Antonio's Song - Michael Franks

『アントニオの歌』は大好きです。UAもカヴァーしてますね。

IN MEMORY OF KENNY RANKIN

ケニー・ランキンはマイケル・フランクスと共に、雨の日に聴くとメランコリーになる曲として挙げられる。

Bob Seger - Against the Wind

FENから流れる曲はポール・デイヴィスからボブ・シーガーへと移る。
この間に由利のとりとめのない話がだらだら続いているので、不意にFENに戻って驚く。田中康夫はこういうことをやるから油断出来ない。現在ー過去ー現在と時制を往来させる手法は、回想パターンとしては大変オーソドックスだが、田中康夫は描写に濃淡をつけず、現在と同じ密度で過去も描かれるため、なんだかベタっとした感触になる。

Robert Palmer-Every Kind Of People

UKのミュージシャンはこれが初出。

Ashford And Simpson - Solid

モータウン出身アーティスト。モータウン系のアーティストの国内盤はカタログ落ちしないという神話がかつてあったらしいが、2000年代に入るとマーヴィン・ゲイですら入手困難盤があった。最近復刻ブームでまた持ち直してきてるのかな?

Kool And The Gang - Too Hot

クール・アンド・ザ・ギャングはメンバーがネイション・オブ・イスラムで、70年代にはどす黒いジャズ・ファンクをやっていたのに80年代にはこのようなポップミュージックになった。時代の変化だなあ。

エアプレイ airplay She Waits For Me

いかにもAORな曲。淳一を待つ由利が聴くのがShe Waits For Meというチョイスは実に素朴。基本的に一事が万事この調子である。
ここまでがFENのセットリスト。

The Dramatics "In The Rain"

ここから過去のディスコでかかっている曲。
これはいい。SEがミュージック・コンクレートっぽい。

TURN OFF THE LIGHTS BY TEDDY PENDERGRASS(WITH LYRICS)

テディ・ペンダーグラスのDo Meはドリフのヒゲダンスとして有名。

Boz Scaggs - We're All Alone

おお、これは聴いたことあるぞ。

Christopher Cross - Ride Like The Wind

ニューヨークシティセレナーデArthur's Themeはテレビでもよく流れてた。

あの日にかえりたい

ユーミン
バックがティン・パン・アレー

註234
歩六分洋966DK8東南角眺陽秀十階建七階築二年冷暖付閑静環秀即入可といったイメージが、ありそうだと思いませんか?

と仰られましても。

DICK ST. NICKLAUS - Magic

註265
元、ギングス・メンのメンバーだったという、ポップ歌手屋さん。大阪のサーファーが輸入盤店で発掘したとかいわれておりますが、本当は、ヤラセとヨイショの計画が大成功しちゃったんですよね、エピック・ソニーさん。

と仰られましても。

松山千春  恋  1980

チー坊。歌上手い。だが田中康夫はフォーク・シンガーは嫌いなようだ。

註301
「地方の時代」ブームに便乗したフォーク・シンガー。北海道、北海道といいながら、全国を飛び回って若年寄きどりに人生哲学を説き、お金持ちになる。父親を自分の会社の役員として迎え、“核家族時代の親孝行”を教えてくれた。

えーと、「地方の時代」ブームに便乗した政治家知ってます!
しかし「地方の時代」ブームも長い。

チャンピオン : アリス

かっこいい。けど康夫的には湿っぽいんだってさ。

さだまさし / 案山子

さだまさしはわたしもあんまり好きじゃないなあ。

LITTLE RIVER BAND - It's A Long Way There (Full Version)

オーストラリアのバンド。
プログレっぽい。

Peter Allen - Don't Cry Out Loud (Radio City Music Hall Live).mpg

由利は夏休みを利用してオーストラリアでこれらのレコードを買い漁っていた。
輸入盤なんて日本にいては買えない時代があったのです(「なんクリ」の註風)。

Carole Bayer Sager - You're Moving Out Today (1977) HQ

バート・バカラックの元奥さん。バカラックとのコンビのほうがやはりいい。

Paul Parrish - That's the way of friends

CD化されていない。

Bill LaBounty _ Livin' It Up

AORファンにはすごく有名なひとらしい。

Steve Gibb "Tell Me That You Love Me"

『なんとなく、クリスタル』のテーマソング。なんと歌詞が全引用される。由利の心情、気分の説明として。直球ここに極まれり。
これも未CD化。入手は非常に困難。

The Spinners - Could It Be I'm Falling In Love

これもいい。

The Stranger 訳詞付 / Billy Joel

註401 ビリー・ジョエル
ニューヨークの松山千春

そんなに松山千春が嫌いか、康夫。

Donna Summer - Bad Girls

「AIDSはゲイに対する天罰である」発言が有名だけど、wikipediaではデマだったと書いてある。

註403 ラッシズ
ソウルっぽい、ファンキー感覚のある、レゲエ・グループ。

これだけがわからない。1980年の『メロディ・メイカー』でベスト・レゲエ・アルバムに選ばれたジャマイカ出身のヴォーカル・トリオらしいのだが。架空のバンドだったりして。そんな気の利いたことやるかな。

Ian Dury - Hit Me With Your Rhythm Stick 1978

直美の医学部の彼はレゲエやロンドンのニュー・ウェーブを聴いていて、ニューヨークや西海岸の音楽を聴く淳一たちの好みとやや違う。

I GO TO PIECES BY RACHEL SWEET

イアン・デューリーと共にスティッフ・レーベルのミュージシャンとして挙げられる。アイドルといっても、歌上手い……!

Mark-Almond - Other People's Rooms (1978)

ここから淳一の好み。Mark-Almondで探すとデュオではなく同名のソロアーティストが出て探すの大変でした。

Seawind Light the light

この動画では渋谷陽一の「チャカ・カーンよりポーリン・ウィルソンの方が上」というテロップが流れるが、確かに上手い。

Rupert Holmes - Him

註415
アレンジャーとしても知られる、ニューヨーク派シンガー=ソングライター。ビリー・ジョエルが、成り上がり的ニューヨーク派ならば、ルパート・ホルムズは、具体的な場所や風景を固有名詞で出すことにより、ある限定されたクラスの生活が浮かび上がるようになっている。そこに描かれる人は、ビリー・ジョエルの場合と異なり、自信を外へ出そうとはしない人たち。

ビリー・ジョエルも相当嫌いか。
それはさておき、この註は『なんとなく、クリスタル』にも当てはまる。この註で、この作品のコンセプトが全ていい尽くされている。

HENRY GAFFNEY - Mack The Knife(1978)

AORの人気歌手らしい。康夫も詳しくは知らないとのこと。

Tom Waits - Heart Attack and Vine

ルパート・ホルムズ、ヘンリー・ギャフニー、トム・ウェイツは渋い男性ヴォーカルとしてひとまとめに言及されているが、トム・ウェイツは毛色が違うんじゃないかなあ。
id:quagmaさんにご教示頂いたのだが、先日亡くなったキャプテン・ビーフハートに歌い方が良く似ている。この追悼記事にもあるように、深く尊敬していたようだ。

トム・ウェイツやシンプソンズの作者マット・グレイニングがキャプテン・ビーフハートを悼む (2010/12/22) 洋楽ニュース|音楽情報サイトrockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)

Jackson Browne - The Load Out / Stay - Live 1978

とてもリベラルなおじさまらしい。

Bob James - The Golden Apple

後期ソフトマシーンに近いかな。
アルバムタイトルの付け方も似てる。

註420
ジャケットのアイデアには感心しています。ただ、それだけ。

Richard Tee - Strokin'

註421
ジャズとか、フュージョンって、ポップスより高級だと真剣に思っている人が、多いんですよね。悲しくなってきちゃいます。

淳一はフュージョンバンドでキーボードをやっているのだが、康夫はなぜこの職業を選んだのだろうか。

Jim messina - Seeing You (from Oasis 1979)

最後。
これだけの音楽タイトルが登場する中で、ウィリー・ネルソンで始まり、ジミー・メッシーナで終わることの意味はなんであろうか。
ちなみに、由利はこの曲を聴きながら、淳一との高圧電流が流れるセックスのことを人前で我を忘れるくらい考えている。
そうですよね、意味なんてないですよね。