キップ・ハンラハン『DESIRE DEVELOPS AN EDGE』

キップ・ハンラハンのソロ名義第二作。といっても前作の『COUP DE TETE』とほぼ同時期に制作されている。
今作の目玉はなんといってもヴォイスに迎えられたジャック・ブルースの歌声になる。彼の加入で歌謡性が獲得され、アルバムの性格が方向付けられたように思う。
ジャック・ブルース? そう、あのジャック・ブルースである。
クリームといえば実力派揃いのグループであると同時に、アイドル的なロック・バンドの走りでもある、という印象があるが、解散後の各メンバーの歩みを見ると前者の性格が色濃く現れている。
ジャック・ブルースは、キップ・ハンラハンと出会う前にトニー・ウィリアムスカーラ・ブレイとバンドを結成しているし、フランク・ザッパのアルバムにも名を連ねていた。いずれもカルト的な人気を誇るミュージシャンたちである。
他のメンバーも、ドラムのジンジャー・ベイカーにはアフロ・ビートの創始者であるフェラ・クティとの共演盤があり、エリック・クラプトン貞本義行……じゃなくてボブ・マーリーの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカバーしてヒットさせている。クリームは本質的にはポピュラリティよりも音楽性を追求するグループだったのだろう。

第一曲目にしてアルバムタイトルでもある『DESIRE DEVELOPS AN EDGE』を聴くとそのあまりの異様さに呆然としてしまう。パンティラ・オルランド・リオスを初めとする、ただひたすらに冷たく鳴るラテン・パーカッション群の洪水は、祝祭的な高揚から恐ろしく断絶した音楽で、ハンラハンの音楽の種明かしを見せられているような気になる。それもたっぷり六分間も続く。これをアルバムの一曲目に持って来るのだからハンラハンというひとは途轍もない。

そして、十曲目の『ALL US WORKING CLASS BOYS』は、その『DESIRE DEVELOPS AN EDGE』のリズムそのままに、ジャック・ブルースが切々と歌う。本作はLPで出た際は二枚組だったそうで、ここからが二枚目の第一曲目だったのではないだろうか。それだけこのリズムには重要な意味があるのだろう。
この曲は、タイトルが示すように歌詞が非常に塩辛い。

There's a muscle that binds all us working class boys
It's a muscle we can't develop early enough
It's a muscle we never really had
It's a muscle for holding down money
Making money stay
Making money loyal to us
To buy ourselves
No matter how much money passes through our hands
We never have the right muscle for holding onto it
For making it ours

俺たち労働者階級の男みんなを 組み伏しているのは腕力
それは俺たちが付け焼き刃で鍛えられない腕力
俺たちが決して手に入れられなかった腕力
金を支配する腕力 金が流れていかないようにしなくては
金に忠誠を誓わせなくては 自分自身を買いあげるために
でもどれだけたくさんの金が 俺たちの手からすり抜けようと
それを手放さないで済むだけの
それを自分たちのものにするだけの十分な腕力なんて
俺たちには絶対に持てないんだ

マチズモっぽい? 確かに、そういう部分はあるかもしれないが、わたしはこの歌詞を聴く度、奮い立たせられもするものの、それ以上にいつも涙ぐんでしまう。彼らは、いや、我々は、どうしたって勝てないのだ。そういうゲームを強いられているのだ。
冒頭の、いわば美しい骨格だけが剥き出しの曲に、肉がつくとこれである。
ライナーノーツのハンラハンの言葉を借りれば「ブロンクス出身のブルーカラーなやつと、グラスゴー出身、もしくはリトルロック出身のブルーカラーの連中」が「各々の部分を受け持って出来上がった数々の“私”がオーバーラップしている」のが、この曲の歌詞に一つの結実として現れているのだろう。
そうそう、『ALL US WORKING CLASS BOYS』はジャック・ブルースに捧げられているのだった。

DESIRE DEVELOPS AN EDGE

DESIRE DEVELOPS AN EDGE